宇都宮のキセキ
“Every student is unique and brings contributions that no one else can make”
–Paul Baker
以前ちょこっと書きましたが5月27日~7月29日まで毎週木曜日(計10回)、毎回2時間、宇都宮大学で「”英語発信能力”養成講座」という社会人向け公開講座を受け持たせていただきました。この公開講座は英検に協力して頂き実現したもので、以前ブログで紹介しましたSTEP BULATSのSpeakingテスト(英検がケインブリッジ大学と一緒に開発した面接形式でビジネスコミュニケーション力を測るテスト)を効果測定として講座のBeforeとAfterで受講生に受けてもらう形式で行うものでした。
この試験。我々英語業界の中では対策が立てづらい試験として有名です。何しろ単語一つや二つ出来たから10点上がるのような試験ではない。1対1の面接試験で、実際にビジネス上で起こりえるタスクが与えられ、どれだけ英語をコミュニケーションツールとして使いこなせるか、本質的なコミュニケーション力が問われます。
例えば来月退職する同僚の退職パーティーを企画するというというロールプレイ。まずは上司からどんなイメージのパーティーを考えているのかその概要を聞き出すタスクが与えられる。そしてその後にに「退職パーティーを成功させる条件とは何か」についてDiscussionする。結果は点数ではなく6段階評価並びにその各段階の中で上・中・下で評価される。そして、その評価から「公式の議論とミーティング」「目的達成の為の共同作業」「情報の交換」など10項目の場面に応じたCan do (英語を使って出来ること)を細かく教えてくれる珍しい試験です。詳しい評価表はこちらをご覧ください。
対策が立てづらいので企業の人事もなかなか採用しづらい。人事担当者も常に上司に評価されている立場なので選んだ教育プログラムで結果を出さなければなりません。効果測定として対策が立てやすいTOEIC(R)を選んでしまうのも無理がありません。STEP BULATSのSpeakingテストは一つの段階を上げるのに最低180時間の訓練が必要であるとケインブリッジ大学が公式見解として出しています。今回はそれを2時間×10週間の計20時間でどれくらい上がるか測るという。
でも対策が立てづらいテストであれば、こっちからすれば逆にチャンス!例えダメでも学ぶことはあっても失うものはない。これまで様々なところでDiscussionのセミナー単発でやってきましたが、単発ではなく固定メンバーでじっくりとをDiscussionを学ぶ場を作りたいと思ってきました。そして、以前この試験を実際に受けてみて、「これだったら私の理想とする英語によるコミュニケーション力を測定するテストとしていいかも」と思っていましたので、今回英検さんにお願いし、宇都宮大学の公開講座という場を作っていただき、週1回、毎回2時間、計10週間、15人前後の受講生を相手にじっくりと「英語によるDiscussionの行い方」学ぶ講義を行いました。あっという間の10週間でしたが講義全て終わり、先日効果測定の結果も出ました。結果はそれは飛び上がるほどうれしいものでした。
しかし結果云々より、今後のグローバル人材教育の大きなヒントをこの講座を通じて得ましたのでここで一度整理したいと思います。長文になりますがご容赦ください。
今回初めから決めていたことは3つ。
- 英会話はやらない。英語単語・英語表現も教えない。
- 毎回誰でも感情移入できるような課題を持って行き、その場でDiscussionを通じて解決に導く講義のスタイルを貫く。
- 講座を全てビデオ取りし、後日それを見直し、一人一人に対し、そのパフォーマンスをメールでFeedbackする
参加者は15人前後。年齢(20代から60代まで)、英語力(TOEIC300点台から800点代後半まで)、職業(主婦・大学職員・エンジニア・ビジネスパーソン)と全てバラバラの中で果たしてそんなことは可能か。と言っても今までこのブログで「英語力は関係ない」と散々言ってきたので後には引けません(笑)。
例えば第2回の講義ではこんなDiscussion教材を用意していきました:
1964年の深夜、ニューヨークである殺人事件が起きました。ある若い女性がアパートが立ち並ぶ空き地で38人の目撃者に見守られながら殺されたという事件です。この38人は女性が35分にわたって3回もナイフで刺されたのを見ていたにも係わらず、誰も警察に連絡しなかった。この事実を知った記者は「なんて社会は冷たくなったのだ」と嘆いたといいます。
講義はまずはペアを組んでもらい、片方にこのストーリー(日本語でかかれたもの)を渡し3分間の準備時間を与えるところからはじめます。辞書は使わせない。今もっている語彙の範囲内でシンプルな単語を使い、時には身振り手振りを交え、最悪紙に単語や絵を描くなど、どんなことをしてでもストーリーを伝え切ってもらう。それも準備中にとったノートは見ないで相手をみて話してもらう。
聞くほうもただ黙って聞いているのではなく、確認作業を絶えずしながら聞く。分からない単語が出てきたらすぐに止め、その意味を聞く。どこまで理解して何が理解できないのか、どんなことをしてでも話の内容を理解しようとする。英語を使ったコミュニケーションではActive Listeningというコミュニケーションの取り方は絶対に出来なくてはいけません。以前「Active Listeningを見える化する」という記事で書きましたのでご存じない方はご覧ください。とにかく理解できるかどうかは話し手だけの責任ではなく、聞き手も同等の責任を負います。
説明も一段落したところで、聞き手側を一人指名して全員の前で私に自分が聞いたストーリーを説明してもらう。こう書くと何だかイジメているみたいな感じがしますが(笑)、もちろんフレンドリーな環境作りを意識して(そう思っているのは私だけ!?)やってもらいます。こうして今度は私がActive Listeningの見本を見せます。その後、間違った箇所についていろいろな人を指名し、正していく。そして全員が理解したところでドーンとDiscussionに入っていきます。
あっ、そうだ。Discussionの話に入る前にDiscussionのルールについて説明しなければなりません。これは私が勝手に作ったルールですが:
- どんなことをしてでも話題に喰らいついていく。
- 何か思いついたらまとまってなくてもとりあえず言ってみる。
- 楽しむ。
Discussionは前の発言に乗っかって議論がどんどん進んでいきますので一瞬でも分からなくなったら終わりです。どんなに簡単な単語、例えば”police”でも、聞き取れなかったら”wait!”といって確認をしなければならない。こうしてどんなことをしてでも話題に喰らいついていくということがもっとも重要になります。そして喰らいついていく過程で何か思いついたら紙に書いたり考えをまとめようとせず、とにかく言ってみる。
何故か?まとめようとしている間はまずDiscussionを聞いていない。置いていかれてしまいます。例えまとまっても、いざ発言しようと思ったときにはもう話が先に進んでいて発言するタイミングを逸してしまっている可能性が高い。いったん過ぎた話を戻すのはルール違反になります。
そして最後は楽しむこと。DiscussionはDebateではありません。Debateは一回立場をはっきりさせ、どんなことをしてでもそれを守り通すゲームでみんな協力して解決案を考えていくDiscussionとはまるで違います。時には突拍子もないCreativeなアイディアを出しながら笑い、時には真剣に自分がその女性だったら何が出来たかを考えながらDiscussionを進めていく。
でもこのルールを守るのは本当
に難しい。「まずは自分で調べてから聞きなさい」「考えはまとめてから話しなさい」と小さい頃から言われ、育ってきたのにいきなり逆をやれといわれても困ってしまいます。このマインドを壊すことがこの講座の前半の目標でした。
さて、少し話題が逸れてしまいましたが、先程の殺人事件のDiscussionのテーマは
- 38名だれも電話しなかったのは記者がいうように「社会が冷たくなったこと」だけが原因か。
- 女性は何をしたら助かることが出来たか。
これには答えがない。女性が助かった方法は100通り以上はあるでしょう。大切なのはみんなでその場で声に出しながらああでもないこうでもないとアイディアを出し合って考えていくプロセスであり、それがDiscussionとなります。私はファシリテーター(司会者)に徹し、Discussionを前進させるために大きな質問を投げかけるなど進行役に徹します。
とにかくはじめは手などあがるはずもなく、こちらからバンバン当てていき、発言させる。当然みんな戸惑い、「アウアウ」しながらも何か一言でも話せば、聞き手である私が50%の責任を負いますから必ずいいたいことを引き出し、議論が前進させていく。いつ当たるか分からないのでとにかくみなさんすごい集中します。
こうしてはじめは戸惑いながらも少しずつやり方に慣れて行きます。わからない単語や表現、意見が出てきたら、私が教えるのではなく、分かる人に説明させる。こうしながら女性はどうしたら助かったかについてみんなで考えていく。そしてある一定の解決策が出てくる(かなりCreativeなものが出てきました)。
そしてこのDiscussionを全てビデオ取りし、後日それを私が見なおし、一人一人に対し、そのパフォーマンスをメールでFeedbackしました。何故そうしたか。今回講義を設計するにあたって”what the best college teachers do (邦題:ベストプロフェッサー Ken Bain著)”という本を参考にしました。この本、アメリカの大学で最も評価されている人気教授の教え方についてかなり細かく書いてあり、教育に携わる方全員に読んでいただきたい本です。学びの場の作り方やFeedbackの重要性についてこのように書いています。
- (Best) Professors ask how they can encourage students to think aloud and create a nonthreatening atmosphere in which they can do so. They seek ways to give students the opportunity to struggle with their thoughts without facing assessments of their efforts, to try, come up short, receive feedback on their efforts, and try again before facing any “grading.”
- If students can’t learn to judge the quality of their own work, then they haven’t really learned.
要はきちんと自分の貢献に対する評価が分からないと学べない、成長がないと言うことです。面白いことにほとんどの受講生たちは自分がDiscussion中に行った発言に自信を持たないで帰っていく。例えばDiscussionですごく貢献したと思った人から講義終了後に以下のようなメールをいただきました。
> 講座の後(話すぎちゃったとかトンチンカンな答えだった
> のかなぁ~??とか)なぜかものすごく恥ずかしい!という
> 感情とネガティブな気持ちがでてきてしまいました。
このまま放置していては絶対に伸びません。そこで講座終了後に鍵となる発言をマッピング(右写真を参照)し、「あなたの『**』発言がだAさんの『**』という発言を引き出し、それが結果としてBさんの結論の『**』を導いた。あなたのその発言がなかったらBさんの結論は出なかった」ことを伝える。話題に喰らいついていっている以上、場違いな発言等ありえないと言うことを毎回その人の発言を例にしっかりと伝える。その他良かったと思ったこと、次にチャレンジして欲しいというようなことも書いておく。
すると次の週、別人となって出てきます。自分がどのように貢献しているのかが分かると自信が出てきます。こうして10週間続け、最終回には受講生同士が自ら英語でInteractionを図る素晴らしいDiscussionを行えるまでレベルが上がっていきました。その中で、自然とAさんは特攻隊長、Bさんはクリエイティブ部門、Cさんは分からなくなりそうになると一度議論を止め、確認作業をする、Dさんは全体のまとめ役などそれぞれがいい意味で個性が出てきだしたのも見ていて非常に面白かったです。
そして肝心のAfterの試験結果が、プライベートレッスンでもないたった20時間の講義時間で、英検の担当者が驚くくらい、皆さんの成績がアップしました(左図を参照)。
どうもこのB1とB2というのが大きな壁らしく、三井物産では海外出張に出してもらうにはB2(3-)以上ないと行かせないというルールがあるようです。このB2(3-)というレベルは「日常・非日常的な公式の議論に積極的に参加できる。自分の専門分野に関連した事柄なら、議論を理解し、話し手が強調した点を詳しく理解できる。自分の意見を述べ、説明し、維持することが出来る。代案を評価し、仮説を立てたり,反応したりできる。」というもので、今回3名このレベルに達し、既にB2(3-)以上の持っていた3名を除き、全員レベルアップしたところを見ると、皆さん大きな自信がついたと思います。
少なくても英語を話しているときに限っては「まずは自分で調べてから聞きなさい」「考えはまとめてから話しなさい」というマインドを完全に払拭し、「分からなければ聞けばいいじゃん」的などこにいっても堂々としていられる自信を得たと最終講義で感じました。
今回やってみて感じたことは以下の3点。
- マスで教育する時代は終わった。これからは一人一人の個性をどうやって引き出すか。コーチング的要素がより重要性を増す。
- 英語力は関係ないといいつつもTOEIC 500点(英検準2級レベル)の英語力は必要。それ以上は必要ない。
- 単発のDiscussionセミナーではダメ。じっくりと2時間半のDiscussionを週1回、最低3ヶ月程度、固定メンバーでやらないと効果がない。
ただコーチングに関しては本当に大変な作業でビデオを見直して、分析して、一人一人にFeedbackを書くと軽く6時間は越えてしまう。どうやったらスケール出来るか。ここは問題です。また、英語力に関して言えばいままで「あまり関係ない」と言ってきましたがやはりTOEIC 500点(英検準2級)は必要かなという考えに変わりました。600あれば十分。それ以上は必要ない。逆にTOEIC 800点以上もっていたりすると、自分の考えよりも英語の話し方にこだわってしまったり、変に周りと英語力を比較し、遠慮しだしたりするケースが多く、逆にDiscussionに積極参加できなくなったりします。
People can change, and those changes–not just the accumulation of information–represent true learning.
–Ken Bain
今回の宇都宮大学の公開講座。非常に勉強になった内容の濃い10週間でした。そして上記引用通り、人は何歳になっても変われるという本当に良いものを見せてもらった気がします。
これにプライベートレッスンをカスタマイズして行えばどんなシナジーを生み出せるか。また少しずつネイティブ・ノンネイティブの外国人も入れていくのも効果があるように感じました。こうして新しいことを考えるとワクワクしてきます。今度はもう少し大きなスケールでチャレンジしたいと思います。
Google+
16
16
comments