人生がチェスではなく、ポーカーである理由
Self-serving bias(自己奉仕バイアス)という心理学用語はご存知でしょうか。
全く同じミスでも、他人のミスはその人の判断力や実力不足のせいで起きるが、自分がミスは運が悪かったためと自動的に考えてしまう人間の習性からくる偏見。
2003年、メジャーリーグベースボールのワールドシリーズ第6戦。シカゴ・カブスは3勝2敗とホームゲームで王手を迎えていた。3-0でリードで迎えた8回表で1アウト。相手打者がファールボールを打つ。
カブスのAlou外野手がスタンドギリギリに入るボールに向かってジャンプ。ギリギリ取れるかと思った瞬間にカブスファンがボールに触れてしまい、アウトを逃してしまう。
Alou外野手は直後に怒りをあらわにし、40,000人の観客もボールを触ったファンのSteve Bartman氏に大きなブーイング。この回、相手球団は一気に8点を入れ、逆転。カブスは第7戦も負け、ワールドチャンピオンを逃します。
Bartman氏の守備妨害は全米中に中継され、彼のせいでその年にカブスがワールドシリーズを逃したと主犯にされました。
この事件こそ、Self-serving bias(自己奉仕バイアス)の典型例と最近読んだ本、Thinking in Betsの中で、その著者で何度もポーカーの世界チャンピオンに輝いたAnnie Duke氏はいいます。Duke氏曰く、
「Bartman氏が悪かったのではなく、単に運が悪かっただけ。これは誰にでも起こり得ることだった」
と。実際の動画を見ると、ボールを取ろうとしたのは何もBartman氏だけでなく、彼の周りにいた3-4人、同じようにボールを取りに行こうとしている。
特に彼の手前にいた人はもう数センチずれていたら確実に彼が触れていたように見える。
しかし、この人は試合後にインタビューされ、こう答える。
「確かに私はボールを取ろうと手を伸ばした。しかしAlou選手のグローブが見えた瞬間、ボールに取る興味を失った。」
と。「私がプレイの邪魔は絶対にするわけがない」と言い切ったと言います。
そう。明らかにAlou外野手を見ていない「この人」が言っています(笑)。 その周辺にいたファンもみんなボールしか見ていないように見えます。しかしBartman氏だけが運悪くボールに触れてしまう。
その瞬間、周り全員、「自分は絶対にそんなことはしない」と本気で思い込む。
全く同じ事件が、起こしたのが自分と他人では解釈が正反対にすり替わってしまう(笑)。これは面白い。
「頭の良い人だったら、客観的に物事を見れるのでは。」と、この話を読んでいた時、思いましたが、頭が良い人ほど、このbias(偏見)がひどくなるらしい。何故か。
頭の良し悪しに関係なく、この「人のミス = 決断が悪かった」but 「自分のミス = 運が悪かった」というSelf-serving bias(自己奉仕バイアス)は無意識に働く。その上、頭の良い人はそれを正当化するデータ、エビデンスを探し出すスキルに長けているため、かえってこのbias(偏見)が助長されるとのこと。
この思考パターンから抜け出せすのは、相当難しいらしい。そしてこのせいで、運なのか、スキルなのか。「正しく判断を行う」スキルが磨かれず、社会全体が損をしているとのこと。
ではどうしたら良いか。著者のDuke氏曰く、
「多くの人は人生をチェスのゲームのように考えがちだが、チェスでなくポーカーとして考えるべき」
だといい、こう詳しく説明します。
チェスは複雑なゲームで常に正しく打ち続けるのは難しいが、理論上はどんな状況においても「正しい手」というのは存在する。だから勝ち負けに、運の要素はほとんどない。
対し、ポーカーは不確実の状況の中で常にdecision makingをしていかなければいけないゲームで「正しい手」というのはない。相手にカマ(ブラフ)をかけられたり、相手を騙したりする。そして運の要素も大きく存在する。
良い決断を重ね、すごい良い手を揃えたとしても、負ける可能性は必ず残る。 現実の世界に極めて似ている
と。そしてさらに面白い例を出し、より深く解説します。
2015年NFL(アメリカンフットボール)のSuper Bowlでの出来事。Seattle Seahawksが26秒を残し、4点差で負けていた。ただSeahawksの攻撃で2nd Downながら、ボールはあと1 yard(約1メートル)でtouch down(ゴール)というシーン。
SeahawksにはNFLの中でも最も優秀なランニングバックがいたため、誰もが監督がパスではなくランニングプレイを選択すると思ってみていた。
しかし、監督はパスを選択。それが相手にインターセプト(相手チームがボールをキャッチ)され、Seahawksは負けてしまう。
翌日の大手新聞は揃って「Super Bowlの歴史上で最もひどい判断」と監督のその判断に対し、大バッシングしたといいます。
しかし、Duke氏はこの監督の判断は正しかったといいます。そのシーズン中、全く同じ1 yardでtouch downという状況で66回パスの選択が行われたが、インターセプトされたことは1度もなかった。過去15シーズンのデータを遡ってもインターセプトされる可能性はわずか2%だったと。
さらにDuke氏はもしこれが成功していたら、翌日の新聞の見出しは全く正反対の「機転を狙ったSuper Bowl史上、最高の判断」だったと監督はヒーロー扱いされていただろうといいます。例え、失敗していたとしてもインターセプトされていなかったとしたら、次の3rd Downでランニングプレイで成功する可能性が高かったと。
彼は悪い判断をしたのではなく、単に運が悪かったと結論づけます。
運なのか。スキルなのか。Duke氏はポーカーのスキルを上げていくにはこの2つを正確に、切り離して考えるトレーニングをしなければならず、その中にSelf-serving bias(自己奉仕バイアス)から解放されるヒントが隠されているといいます。
ポーカーはゲームを終えた後で、負けた理由が、自分がある場面で取った決断がマズかったのか、それとも単に運が悪かったのか、深く観察することで、状況に応じた決断の質を上げていくことができる。
と。 毎回結果だけをみて、自分のパフォーマンスが良かったか、取ったdecisionが正しかったのかを判断するのではなく、bet (賭け)の結果として捉え、振り返ることが出来れば、「個々の判断の質(スキル)」と「運」の両サイドから分析できるので、より打率の高い結果を残せるだろうといいます。
こうした考え方、私は好きです(笑)。
「人生はチェスではなく、ポーカーである。」
どこかで言ってみたいなー(笑)。
参考記事
絞った時点でどちらを選んでも変わらない
何故選択の自由が広がるほど決断力が落ちていくのか
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