最新の世界情勢を占うキーワード:Black Elephantとは
Black Elephantという言葉をご存知でしょうか。先日ブログで紹介したThomas Friedmanが書いた最新書Thank You for Being Lateという本で紹介されていた話で、Black SwanとElephant in the roomという2つのコンセプトを繋げた造語。
Black Swanはビジネス用語で、全く予期しない大きな出来事が突然起こり、それがさらに予期しなかったイベントへの引き金になり、社会全体がパニックになる現象を指します。最近でいうと、東日本大震災が原発爆発をtrigger(引き起こ)したり、米住宅バブルがリーマンショックに発展するなど。
対するElephant in the room。部屋の中に象がいれば、大きいし臭うし、誰もがその存在に気づく。だがすぐに危害を加えるわけではないし、部屋から追い出すのは大変。だから見て見ぬ振りをしてあえて放っておく。ビジネス用語として、大きな問題だと認識しながら、緊急度は低い為、あえて無視したり、放置しておく行為を指します。
Black Elephantとは関係者が長い間認識していながら、見て見ぬふりをしていた問題が、ある日突然大きな問題に発展。そして、それが引き金になり、Black Swanのようなイベントを誘発。そして社会全体がパニックになる現象をいいます。
「こういったBlack Elephantを引き起こすリスクがいま、世界中で沢山存在。大変不安定な時代に入っている」とFriedman氏はその著書で解説します。特に世界で代表的となっている4つのトレンド:Globalization, Technology Advancement, Population Growth, Global Warming。
個々のトレンドとしてニュースで扱われるケースが多い中、いまは各分野の専門家でさえ、その3年先、それがどう発展し、我々の生活にどんな影響を及ぼすか予想できない。ましてや、こうした個々に発展していくトレンドが想像しなかった形でくっつき出すと、全く予期していなかった、恐ろしいことが起こる。
Black Elephantの代表例としてFriedman氏は今のシリアの問題を挙げていました。チュニジアを起点とした「アラブの春」が起きた時、シリアのアサド大統領は、殺害・追放されたカダフィ大佐(リビア)、ムバラク大統領(エジプト)と同じ轍を踏まないよう、民主化運動を徹底的に弾圧。それが内戦に発展。そこにIS (Islamic State)が漬け込み三つ巴の内戦へと泥沼化。結果、数十万人のEUへの移民を招き、それがイギリスのEU脱退、さらにEUの右傾化を招いたというのが世間一般的な認識だと思いますが、Friedman氏は
現在のシリア難民のEU移民問題は中東の内戦で説明できる(簡単な)ストーリーではない。これは人口増(Population Growth)、気候変化(Climate Change)、砂漠化(Desertification)から始まるストーリーである。
とその独特な視点で解説します。
シリアの人口増(Population Growth)
乳児死亡率が高く、豊かな大地を持つシリアの出生率は元々高かった。しかし、乳児死亡率が大きく改善。その為、1960年から50年の間、人口が4倍増。特に80年代から90年代にかけて加速した人口増により、地方で暮らしていては一家を養うのは困難となり、大都市やその周辺に仕事を探しに移住する流れが始まる。
2000年、父から権力を譲り受けたアサド大統領は農業改革を実行。大規模の国有企業や政府関連企業が農地を強制的に買い取り、井戸も掘りたいだけ掘らせる。失業した零細農家はさらに大都市やその周辺に流入。2000年半ばまでのわずか10年間に人口2,000人から400,000人に急増した都市も少なくなかったとのこと。しかしアサド大統領はこうした新たな移住者に対し、教育、社会インフラ、仕事などの提供を怠る。貧困・治安など社会システムに対する圧力がどんどん強まっていく。
気候変化(Climate Change)及び砂漠化(Desertification)
そんな中、2006年から2011年にかけて、記録上最悪の干ばつに見舞わられ、60%の農地が耕作不能となる。乱用した井戸水も枯渇。人口の10%に当たる農業・畜産業を営む約200万人が失業。こうした干ばつ難民が大挙として既に住み場のない大都市に流れ込む。しかしアサド大統領はこの干ばつ難民に対する支援をしない。
そんな中、「アラブの春」が勃発。この流れを受けて、2011年1月シリアでも独立運動が起きるも、アサド大統領はこれを弾圧。そこでこうした干ばつ難民や大都市に住む貧困に苦しむ若者などが内戦を始めたといいます。
「干ばつはアラーの意思だと受け入れられる。しかし、それに対し何も動かない政府の行動は受け入れられない」とFriedman氏がインタビューしたアメリカに移住したシリア難民の言葉がとても印象的でした。
そこにIS(Islamic State)などが参戦し、泥沼化。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると2017年6月1日、結果人口の25%の500万人以上難民として国外に脱出。トルコ(約300万人)を中心にEUでも50万人(ドイツで30万人、スウェーデンで10万人)近く受け入れ、今でも50万人以上EUへの難民申請で待機しているとのこと。
こうした難民が既に高い失業率で悩むEU市民の不安を煽り、政治不安を招いているのはご存知の通り。
しかしFriedman氏はこのシリア現象自体がBlack Elephantの始まりに過ぎないといいます。
というのも国連の調査によると、現在の世界人口は約72億人。これが2050年には97億人に増加する。増加分の半分以上はアフリカの国によってもたされるといいます。2015年から2050年までの間、アフリカ54カ国中、28カ国の人口が倍増するといいます。
そしてこの人口増(Population Growth)にシリアで起きたような、気候変化(Climate Change)、砂漠化(Desertification)、悪い政治(Bad Government)、グローバル化(Globalization), テクノロジーの進化(Technology Advancement)という個々のトレンドが思いも寄らない形で結びつくと、億単位の難民が突然発生するリスクがあり、これが起こると現在数十万人で大騒ぎしているEUの難民受け入れ問題が無意味(Irrelevant)な出来事だったと思えてくるような、カオス的な状況を生むと警告しています。億単位の難民の受け入れが発生した場合は、日本も他人事ではすみません。
この本、副題が”An optimist’s guide to thriving in the age of accelerations (加速化する時代に繁栄する為の楽観的な指南書)” で、Friedman氏自身「私は楽観的である」とこうした問題に対する楽観的な解決案を出していましたが、私はそれを読んでいて「そんなうまくいくとは到底思えない」と逆に悲観的な気持ちを覚えました。
経済学者のアダム・スミスが18世紀後半、その著書「国富論」において、各個人が自己の利益を追求すれば、「(神の)見えざる手」によって、社会全体が利益を享受すると書きましたが、今は各個人があまりにgreedy (貪欲)になりすぎて、この「(神の)見えざる手」が逆に作用しているのではないか。
秋に翻訳が出るようですが、最近の世界情勢を把握する為の必読本だと思います。
参考記事
社会の変化するスピードが人間の対応出来る速度を超えた時
新興国が世界消費の半分を占める時代。ARE YOU READY?
いま、パキスタンがアツい
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