好奇心を持つ大切さ
There is world of difference between being “curious” about someone and “try to understand” someone.
–Annette Simmons
昨年は「これだ!」と思うような本にあまり巡り合いませんでしたが、今年はかなりキテます(笑)。いま、“The Story Factor (Annette Simmons)”という本に大きなinspirationを受けています。
冒頭の引用、「興味(好奇心)を持って相手の話を聞くことと、単純に相手の話を理解しようとすることは本質的に違う」と。そしてこう続けます。
「(相手の話を)興味・好奇心を持って聞こうとすると、相手を見下すことなく、(自分の)ワクワク感と(相手を)尊重する姿勢が伝わる。単純に(話を)理解をしようとする行為は(程度の差はあれ)自分の立場を(相手より)上に置き、(その内容を)ロジックという枠にはめ込もうとし、それが暗に『理解しようとしていることに感謝しろよ』的な空気を生んでしまう」と。
「結論は?」「結局何がいいたいの?」とつい、言いたくなる、言ってしまう時があります。これ自体、Simmons氏のいうように「自分の立場を上に置く」行為に他ならないと、ちょっと反省させられます。
また、一生懸命何かを伝えようとしている相手の話を遮り、「例えば?」「何か例を出してよ」なんていうのも同じです。Simmons氏は、これを記憶力の良い人が一瞬で記憶を呼び覚ますことが苦手な人に対して、「ほらみろ!何も例が出てこないじゃないか。間違っているんじゃないの?」と自分の優位性を証明するゲームみたいなものだと切り捨てます。その場では相手を説得したように見えますが、黙らせられた相手は説得されていません。これではコミュニケーションとはいえません。
たまに相手を「論破」したといったことを言う人がいますが、こうした人は概してCommunication力の弱い人たちではないかと感じてしまいます。
「結論は?」「結局何がいいたいの?」と思ってしまうのは自分に相手に対する興味・好奇心がないからではないか。興味・好奇心を持って話を聞いていれば、自然と結論・メッセージに辿り着くストーリーを相手から引き出し、自分にも相手にも大きな気づきがあるのではないか。冒頭のSimmons氏の言葉は何かCommunicationの本質を突いているようで大きく考えさせられます。
共感力という言葉を最近良く耳にしますが、(例え最終的に意見が合わずとも少なくても)相手を尊重し、自分を上の立場で置くことなく、何でもいえるリラックスした雰囲気を作れることがまさにCommunicationの本質のような気がしました。
と格好いいことを書いていますが、自分が出来ているかというと、そんなことはありません。つい先日、ある面白い人生を歩んでいた方と話す機会があり、自分では興味・好奇心全開で聞いていたつもりだったのですが、40分くらい過ぎた時に「君の今まで聞いたことは全部私のウェブ上に書いてあります」と叱られてしまいました。本人はそのつもりでも相手に伝わらないケースもある。又は質問の内容が浅かったのか。。。
“Lisening is like sex. If the desire is there, the skills will follow.”
すごい刺激的な言葉!Simmonsさんのこの言葉を胸に、めげずにより良いCommunicatorを目指して頑張ります。Desireだけは誰にも負けていませんので(笑)。。。
※翻訳版が出ましたので追加更新しました(2013年6月7日)。
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